ぢるぢるだいありーずおぶざでっど

性感マッサージのセラピスト兼売り専ボーイのブログ

セックスワークサミットの感想について(後編)

昨日は池袋にいたのですが、未だにドラッグのパケが道端で売買されているのを目撃してしまい(一応表明しておきますが、買ったことはないですよ)ノスタルジックな気持ちになってしまったSPA Whiteのなおです。皆さんこんにちは。

さてさて、前回は熊田さんの講演についての記述でしたが、今回は熊田さんと鈴木さんの対談で出てきた2つの言葉について触れつつ僕の感想を徒然なるままに書いていきたいと思います_(:3」z)_

 

僕の中で印象に残った4つのキーワードの後半2つが「当事者性」と「リベラル道徳団」でした。

 

まずは「当事者性」についてですが、これは対談中に出てきた言葉で、セックスワーク(に限らずですが)について語ることの困難さを象徴するようなものだなと思いました。例えば、「セックスワークに従事していない男性」がセックスワークについて言及した時に「せやかてお前当事者ちゃうやんけ」と言われてしまう現象のことです。

僕はサミットが終わってからもずっとこの言葉が頭に浮かんでいて、最終的に「当事者性」という足枷が日本で社会問題等について語ることの困難さの温床の一因になっているなという結論に至りました。

何かのインナーサークルにいる人達が「部外者が口突っ込むんじゃねーよ」って言う気持ちもわからんでもないですが、やっぱり色々な立場の人達が活発に議論をした方が多種多様な意見が出るし、その中で意見を取捨選択した方がベターな方向に進む気がするんですよね。1960年代の全共闘を振り返った時に思うのですが、先鋭化しすぎた思想って時に自家中毒に陥ってどん詰まりになっちゃうじゃないですか。「総括」と称して殺人を犯したりとか。だから、インナーサークルだけで突き進むことはせずに、想像力を持って他者との対話を繰り広げていった方が良いよなぁと思いました。じゃあどうすれば良いのかって詰め寄られると、具体的な解決策を提示できないのですが。

でも、他者との対話を重ねることで想像力が培われるってのは絶対に間違いではないと思いますし、そうあって欲しいです(雑なまとめだけど本気でそう思います)。

 

次は「リベラル道徳団」についてですがこれは恐らくギャグみたいなもので、例えばセックスワーク等について揶揄する表現を用いた瞬間に何処からともなく(正義感や道徳観から)「不謹慎です!!」とか「当事者の気持ちを考えた事があるんですか!!」とかをSNS上で言ってくる方々の事だと思います。

これに巻き込まれて炎上しているアカウントを何度か見た事があるんですが、現状防ぎようがないですよね。正義感とか道徳観って人によって違うし、SNSによって発言手段を得た方々の発言を不当に制限する事も出来ないですし。

個人的に、現状のインターネットって「万人の万人に対する闘争」だと思うんですよ。色々とプラットフォームは整備されているけれど、それぞれにおいて社会契約は結ばれてない状態と言った様な。今は過渡期にあるから色々と試行錯誤の最中でしょうが、それが10年、20年の歳月を経た時にどの様な整理のされ方をするのかを観察していくのが割と楽しみです。

ただし、規制・規制&規制のようなディストピアSF小説も真っ青な状況にならない様に祈ってます。

 

さて、セックスワークサミットの後半を僕なりに総括すると以下の3つです。

 

①どんな事象についても、「対話」と「想像力」ってとても大切。

鈴木涼美さんが職場の同じ部署の先輩だったら面白そうだなと思った。終業後にバーかラーメン屋に行って愚痴を聞いてもらいたい。

③自分の立ち位置を把握して、且つ目的意識を持って行動できる人は強い。

 

最後に、今回のセックスワークサミット全体を通した総括については以下の通りです。

 

とっても楽しかったです(小学校低学年並み)。

 

次のブログテーマは全く決まってないですが、またこの場でお会いしましょう。最後までお付き合い頂きありがとうございました。

 

それでまた次回✌︎('ω'✌︎ )