ぢるぢるだいありーずおぶざでっど

性感マッサージのセラピスト兼売り専ボーイのブログ

ちんこのアイドル性について〜序〜

_(┐うぇーい、なおだよ「ε:)_

この意味不明なタイトルのブログをクリックしたそこの君、とても見る目があるね(迫真)。そのフロンティア精神を忘れないで欲しいな。

まずは何故にこのタイトルなのかを説明するよ。僕が所属しているSPA Whiteには当然だけどセラピスト側にもルールがあって、その1つが「施術中は着衣(最低でもパンツ1枚は履く)」なんだよね。そして、お店側が提示してるそのルールの根拠としては「ちんこにはアイドル性がないから」という訳なんだ。

そ・こ・で、今回から3回に渡って「ちんこのアイドル性」について、思考実験的な事をしていくよ。その構成は以下の通りだよ。

 

序→「ちんこにアイドル性はある」という立場から論を展開する

破→「ちんこにアイドル性はない」という立場から反論を展開する

急→なんとなくの総括をする

 

あ、一応言っておきますけど店のルールを覆したいからこのブログを書いてるわけじゃないですからね(あす香さんとかよしきとかその辺に向けて)。

それじゃあ早速「ちんこにアイドル性があるか否か」の思考実験を開始します。

 

_(┐Here we go!!「ε:)_

 

時は20XX年、未来帝国EHS某所にて、ちんこにはアイドル性があると主張するジークムント・チンコスキー氏(55歳、以下チンコ氏)と、反対にアイドル性はないと主張するファルス=ザ=デストロイ氏(32歳、以下ファルス氏)の口頭弁論が行われた(書いててもう意味わかんない)。

しかし口頭弁論は撮影NGで行われたため、以下は当日の録音からチンコ氏の発言部分を文字起こししたものである。

 

(会場内にてチンコ氏が発言を始める)

ちんこにアイドル性があるというのは言を俟たないが、そもそもその事に対して反対意見を唱えようとする事自体が笑止千万である。まさにファルス氏のお国が知れる主張であると断言できよう。しかし私も鬼ではないのでファルス氏のエアーヘッドでも良く理解できるよう説明をしてあげようではないか。ぬははは。

始めに議題の定義設定からだ。この議題「ちんこにアイドル性はあるか否か」についてだが、ここでは論を明確にする為に小分けにして定義を決めていこう。先ずは「ちんこ」であるが、これは「男性器」である事は明白であろう。次に「アイドル性」だが、「アイドル」とは「偶像」を意味している。そして偶像とは神や仏を形どり信仰の対象とするもの、又は憧れや崇拝の対象になる対象を指している。最後に「性」については名詞の後に付くことで物事の性質や傾向を表している。

つまり、今回の議題は「男性器は偶像又はそれに類する存在たり得るか」と言い換えても差し支えないと思うのだが、会場の皆さんは如何ですかな。

(会場から異議なしの声)

うむ。議題がクリアになった所で、私の論を展開させて頂こう。

私が論拠として提示するのは次の2つである。

①男性器が偶像として使用されてきた歴史的な事実がある

②男性器を模したディルド等が存在している現状がある

始めに①についてだが、古くから「生殖器崇拝」という言葉がある通り、生殖器のもつ神秘的な力、とりわけ生殖器により象徴される生産力や豊穣力に対する信仰がなされてきた歴史的な事実がある。たとえば古代ギリシアディオニソス祭、古代ローマバッカス祭やリベル祭のときには男根を模した偶像が重要な役割を果たしていたのだ。そして現在でも男性器を偶像として崇める文化が残っている事から、男性器が偶像たり得る十分な証左になるのではないだろうか。

しかしここで小賢しい若造はこう反論するかもしれない。

「確かに男性器を模した偶像はあるかもしれないが、それは男性器の向こう側にあるイデアを体現しようとしてるだけで、切り離された男性器自体に意味はないんだ」とか「実存は本質に先立つ訳だから、男性器が意味を持つのは前後の文脈あってこそである。つまり男性器自体に何も宿っていないのだ」とかなんとか。

貴様らは哲学科に行った大学生か!!くだらん空理空論ばっかり振りかざし上がってからに!!現実を見よ!!我々は関係性の中で文脈を持って生きてるんだよ!!もっとプラグマティックに喋ることはできんのか!!

いかんいかん。私としたことが熱くなってしまった。兎に角、そういった史実や現状が確認できる事から、男性器は偶像たり得ると言えよう。

次に②男性器を模したディルド等が存在している現状がある。について説明しよう。

道具には使用価値と記号的価値がある。例えばコップを例にするとわかりやすいが、350mlの容量を持つコップは100円で購入可能だが、数千円〜数万円もする同サイズのコップを購入する人もいるだろう。それらのコップには、容量の違い、つまり使用価値の違いはないが、その記号的な価値が全く異なっている。それはデザインやブランドであったり著名人のサインが入っていたり様々な違いである。つまり、人には道具に使用価値以上のものを求める傾向があるのだ。

話をディルド等に戻そう。使用価値だけを求めるのであれば男性器のディテール、つまり血管や肌質まで再現する必要などなく、形のみを再現すれば良いのではないか?もちろん、ディテールを再現してない商品が市場に出回っていたり、敢えてリアルではない形状にデフォルメしている商品がある事も知っている。

しかしここで重要な点は、男性器のディテールを再現した商品が市場にあり、それを購入している層がいる。つまり、使用価値だけでなく「男性器」という記号も求めている人間がいるという事実だ。これは取りも直さず男性器が偶像たり得る証左である。何故なら、現にそれを求める人間がいるのだから!!そうとは思わんかね諸君!!

(会場ざわめく)

今私が述べた2つの事柄は史実と現状を加味した極めて重要な指摘である。ファルス氏はこれに対してどう反論するのかとても楽しみだ。恥をかきたくなければ反論を拒否してもいいんだぞ。ぬははは。それでは私の弁論は以上だ。ご静聴に感謝する。

(会場から拍手)

 

このよくわからん文章をここまで読んでくれたそこの君、非常に良い人だね。そのパイオニア精神を忘れないで欲しいな。

さて、次回はファルス氏の反対弁論になるけど、果たしてこのチンコ氏の主張を突き崩す事が出来るのか。

 

_(┐次回〜破〜に続く「ε:)_